おとぉとおかぁと台湾と
はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」
皆さん親孝行ってしてますか?
私はね、フルーツ剥いてあげただけで親に泣かれた経験があるんですよ。
私の記憶に残っているあの日、何個かあるもののやっぱりこの日だなぁ〜って思うのは、台湾留学時代に両親が台湾に来てくれた時の事。
私は高校生くらいから多分俗に言う反抗期でした。途中1年間くらいは確かお弁当の事で喧嘩をし、ほとんど口を聞いていなかったと思います。
なんとなく行った大学でも遊ぶ事しか頭になくて、就職したくない、就活から逃げる言い訳が欲しい、みたいな感覚でふと大学の帰りにバス停に貼ってあった留学の案内を見てそのまま帰らず申し込みに行きました。
そしてバイトはめちゃめちゃしててお金があったのをいい事に、親に相談もあまりせずに英語面接やらもクリアし、台湾に留学に行くことになりました。
相変わらず遊ぶことは大好きでしたが、根は真面目なので、今までの中途半端な学生生活を挽回しようと勉強してました。そして留学から3ヶ月位経った時、両親が台北に遊びに来る事になりました。
その日は朝から本当に幼い子供のように楽しみでソワソワしてたのを今でも覚えています。
旅行好きな母は自分で買いたいものや行きたい所を調べてきていて、私が留学していたのが台南で、台北は詳しくなかったこともあり、一緒に観光に来ているようでした。
しかし母は随所随所で、まだ3ヶ月なのにそんなに喋れるんだね〜なんて関心していて、私も照れつつ張り切っていました。
で、両親も歳ですから、夜にはもうホテルでクタクタに。私も体力ない人間なので結構疲れてました。でも父は夜に麺類を食べないと寝れない人。やっぱり「ラーメン食べたい」と言い出しました。
これが日本にいた頃なら、母と共に「はいはい」で済ませていたかも知れません。
しかし来てもらったからには満足して帰ってもらいたいと、もはや台湾人のような意識w
自分が好きな台湾を親にも好きだって思って欲しかったのでしょうね。
もう暗かったですが、母の静止を振り切り、ホテルの人に聞いてラーメンが売ってる所まで小走りで行ってきました!(台湾は屋台文化です、ラーメンでもなんでもお持ち帰りできます)
無事に小さなラーメンを食べてから寝て頂けました(´∀`)
そして母にはデザートに?その頃台湾で一番気に入ってた果物「文旦」を見せたくて、食べて欲しくて持ってきていたので、むいてあげたんです。
(こんな感じのやつ↓)
台湾の文旦ってめっちゃ大きくて皮が厚くて、包丁で切るようなやつなんです、多分。
でももちろんそんなの持ち合わせてないので、めっちゃ頑張りながらむいてたら
「(私)がグレープフルーツむいてくれてる・・・🥲」
と母親がうるうるして言うんです!!
いやぁ〜この時に私は全てを反省しましたねw
果物むいてるだけで泣かせるほどひどい態度をとってきたのかと。(ラーメンの時点で感動はしていたようですが。)
「だってこれ美味しいんだよ!果物持ち帰れないしね、せっかく持ってきたんだから食べて貰わなきゃ!」なんて言いながら。
Facebookに確か…と思って10年遡ってその日の写真探してきました。大満足で変な所で寝ちゃう父。
両親が帰って、母が家に着いたと連絡をくれたと書いたFBのスクショ↓
(両親とも、私と別れてから寂しい気持ちになり過ぎてプチ体調不良になりすぐ帰ったそうです笑)
今では結婚もして、子供も出来て、親の心子知らずだったな〜と感謝しまくりです✨
これを書くにあたって、もうめっきり開かなくなったFBなんか見ちゃって、とても懐かしくなっちゃったなぁ〜!!
なんて言うんだっけ?センチメンタル?感傷的?不思議な気分〜♫